下山さん

文藝春秋編集委員の下山進さん

 「メディアの将来像を考える会」は2018年1月9日午後7時から、早稲田大学26号館1102教室で第82回例会を開き、文藝春秋ノンフィクション編集局編集委員の下山進さんをゲストスピーカーに迎え、「10年で1000万部を失った新聞は、何を失い何を得たか?」と題して講演いただきました。

 下山さんはまず、新聞業界の現状について、発行部数は2016年までの10年間で約5200万部から1000万部ほど減り、売上高も5900億円減少したと指摘。NHKの国民生活時間調査を引き合いに、最も新聞を読んでいる70代と60代が新聞市場から退場する時が迫っているとした上で、大手紙幹部の「この5年でさらに1000万部減り、10年で今の半分になると想定している」との言葉を紹介しました。

 他方、この10年間で売上高が6800億円増えるなど、着実に成長してきたヤフージャパンに関しては、自らはコンテンツを作らず「プラットフォーム」に徹してきたことが奏功したとの見方を披露。記者を抱えず、ニュース提供社と等分に付き合ってニュース料金を支払い、記事に関連リンクを設けてページビューを還元することで、ドミナントな形で大きくなっていったとの見方を示しました。

 下山さんは次に、ヤフージャパンの執行役員から、「日本の新聞の問題の打開策のヒントになる」と示唆された米ニューヨーク・タイムズ(NYT)を取り上げました。まず、急激に落ちる紙の部数と広告収入を、デジタル有料版の購読料収入と広告収入の伸びで補うことで、社全体の売り上げをほぼ横ばいに推移させていることを、タイムズの過去11年間の経理資料をグラフ化して説明。

下山さん

新聞産業の厳しい現状をデータから分析する

 ただし、このデジタル化は一朝一夕にはならず、組織を壊すような大変革があったことを、2014年にリークされて表に出た「イノベーションレポート」と、2017年1月公表された「New York Times 2020」という二つの社内文書から読み解きました。

 2011年にデジタル有料版を始めたタイムズでしたが、なかなかデジタル版の部数が伸びないことに危機感をいだいたNYTの有志が、社内外500人以上に取材して執筆した「イノベーションレポート」は、「新聞社全体が『紙』の新聞を毎朝発行することを中心に組み立てられ、デジタルがその犠牲になっている」「社の構造、メンタリティー、教育、採用、昇進を、デジタルに情報を発信することをプライオリティーにして変える必要がある」などのショッキングな内容を含んでいたと紹介。

 その提言にそって改革が行なわれたタイムズで、2017年1月に公表された「New York Times 2020」では、さらに問題意識がはっきりと整理され、その骨子を「我々は、有料講読第一(Subscription First)のビジネスの上に成り立っている」とした、と言います。つまり、デジタルでも、無料広告モデルのニュースサイトがやっているようなページビューやクリック数を競うようなニュースのつくりかたはしない、とはっきりと宣言しました。

 そうした方針のもと、2017年にはかつてはやらなかったような報道をセクハラの分野で行い、デジタル有料購読で1年間に100万人の読者を獲得、デジタル有料購読者数は2017年12月までに、248万7000人までになったと報告しました。

出席者からの質問に答える下山さん

出席者からの質問に答える下山さん

 日本のデジタル版に関しては、有料読者54万人を抱える日経新聞の1人勝ちの状況にあると述べました。社全体の売り上げでみても、朝日新聞は13年度から16年度にかけて売り上げを400億円落としているのに対し、日経新聞はNYTに似て横ばいから微増と指摘。日経新聞は有価証券報告書に、「グローバル化とデジタル化に成長の機会を求める」と明記しているのに対し、朝日新聞など他の全国紙は、有価証券報告書にもデジタル化についてはっきりした経営方針を示していないと語りました。

 下山さんはこれから生き残るメディアの条件として、1)グローバル化されているか(フィナンシャルタイムス、エコノミスト) 2)分析・予測に優れているか(エコノミスト) 3)コンテンツにはっきりとした特徴があるか(ワシントンポスト、日経新聞、中国新聞など) 4)ポータルとしてどのメディアとも等分の付き合いをしているか(ヤフージャパン) 5)経営者にエンジニアマインドがあるか、少なくともその重要性を認識しているか(ヤフージャパン、フィナンシャルタイムス)——の五つを挙げました。

 最後に日本の新聞業界について、記者職は今のところ99年と比較しても1000人程度の減少にとどまっているが、5年後には(部数減が)経営を直撃してくるので、カバー体制に関して記者の数を減らし、特長ある報道にふりむける社が出てくると予測。50代が最も多い高齢化した逆三角形の人員構造も、課題になってくると締めくくりました。

下山さん 講演後の質疑応答では、「メディアが変わるきっかけは何か?」「紙の新聞はネットとどう付き合えばよいのか。今のお話の延長線上に解決策はあるのか」「経済紙やNYT以外の一般紙で、デジタルで儲かっているところはあるか」など活発な質問が出ました。

 これに対し下山さんは、「NYTは2009年に現金のショート、倒産の危機があって、そこからいろいろ変わっていった。このまま行ったら崖から転がるように落ちていくという経営上の大きな困難があって、それが実際自分たちの問題になったときに変わっていくと思う」「そこでないと読めない洞察力を持った記事があれば人々はお金を払うというのは、ジャーナリズムが成立する上で大事だ。ワシントン・ポストの有料デジタル版も100万を越えた。日本の新聞社に必要なのは、『紙』中心をどうやめるかを具体的に考えていくことだ。これをやらないと大きな落ち込みがくることははっきりしている」「無料でページビューを上げて広告収入でやるというニュースサイトは、限界を迎えつつある。やはり特徴あるコンテンツで、有料でどうユーザーを囲い込むかに特化していく会社が生き残ると思う」などと答えました。

■下山氏の略歴
 1986年早稲田大学政治経済学部政治学科卒。同年㈱文藝春秋入社。1993年コロンビア大学ジャーナリズムスクール国際報道上級過程修了。著書に、『アメリカ・ジャーナリズム』、『勝負の分かれ目』がある。文藝春秋では一貫してノンフィクション畑を歩き、河北新報社『河北新報のいちばん長い日』、ケン・オーレッタ『グーグル秘録』、船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン』、ジリアン・テット『サイロ・エフェクト』など国内外の優れたノンフィクションを編集者として紹介している。米国ニューヨークで行なわれているLogan Nonfiction ProgramのAdvisory Board を務める。2018年4月より慶應義塾大学SFCで「将来繁栄するメディアの条件」を考える講座「2050年のメディア」を開く。