「メディアの将来像を考える会」は2017年6月13日午後7時から、早稲田大学3号館702教室で第76回例会を開き、日本IBM理事(ワトソンソリューション担当)の元木剛さんをゲストスピーカーに迎え、「IBMワトソンが描くメディアの未来」と題して講演いただきました。

元木さん

ワトソンについて解説する日本IBM理事の元木剛さん

 元木さんはまず、2011年に米国の早押しクイズ番組で人間のチャンピオンに勝利した同社の質問応答システム、ワトソンについて紹介。1960年代、80年代に続き現在は第3次人工知能(AI)ブームだが、ビッグデータを活用するAI基盤である点がこれまでと異なると指摘しました。

 データはユーザーが作り出す自然言語や映像、画像、音声などに、センサー等の機器が作り出すデータが加わって爆発的に増えており、2025年には現在の10倍強に増加する見通しだそうです。元木さんは、例えば医療関係では人間の臨床データが10%、ゲノムデータが30%なのに対し、生活に関するすべての情報を含む外因的なデータは60%を占めるとして、こうしたこれまで捨てられていたデータをいかに活用するかが今後重要になると述べました。

 ビッグデータの活用にはコンピューターが学習し答えを導き出す「コグニティブ・コンピューティング」による認知能力の拡大・拡張が必要で、こうした複雑性の限界に挑むには 1)百科事典的な知識の活用(アシスト) 2)現象や人物のモデルを作っての推論(理解) 3)エビデンスに基づく専門的な判断(意思決定) 4)新たな知見の発見(発見)-の四つの段階があると説明。それぞれの段階に応じたワトソンの最新活用事例として、1)はホテルの鏡が情報を提供するパナソニック社の「デジタルミラー」、2)はお薦めのスポットを紹介する米オーランド観光協会のトラベルアドバイザー、3)はニューヨークのがんセンターの診断支援システム、4)は創薬の研究開発、などを列挙しました。

元木さん AI活用に当たってのポイントとして、元木さんは、人間を(AIに)置き換えるのではなく、人間が利用すべきツールとして人間と協業させるのが正しい使い方だとの考えを強調。一例として、がん治療では、16年に米国で、医療文献などのビッグデータを蓄積・分析して一般の医者向けにどういう治療法がありどれがお薦めかを提示するサービスが始まったと紹介しました。

 また、単なる情報提供だけではなく顧客に付加価値を付けてアドバイスを提示する「アンサーカンパニー」を目指しているトムソン・ロイター社とも、ワトソンを活用した提携を進めていると明かしました。

 ワトソンと従来のコンピューター・システムとの違いとしては、理解、推論、学習という過程を経て自然な形で人間と対話し、必要な情報検索や高度な意思決定を支援することができることを挙げました。AIと人間との関係に関しては、「大きなAI」か「小さな分散的なAI」かが問題となると指摘、ワトソンは個別領域・個別テーマごとに特化する後者のイメージで開発を進めていると語りました。最後に人工知能への期待と懸念に触れ、「先の事はともかくとして、悪用はあり得るし、だれが教えるのかで変わってくる」とした上で、マイクロソフトやグーグルと共にコンソーシアムを作って正しい使い方を発信する取り組みをしていると締めくくりました。

元木さん  講演後の質疑応答では、「テラバイトクラスのデジタルデータがリークされ、メールや契約書がどっさりある場合、これをワトソンが読み込んでどれくらいまでできるのか」「ワトソンにより記者は失業するのか。メディア企業としてAIをどれぐらい活用できるのか。IBMとグーグルなどとのビジネス戦略の違いは」「IBMは世界中の知見を集めて蓄積しているのか」など活発な質問が出ました。

 これに対し元木さんは「かなりできるかと思う。人物、場所、組織の関係を簡単に抽出できる。そこから先は図で可視化するとかあるが、最終的な判断をするのは人間の作業になる」「(ワトソンは)文章を作成すること自体がまだまだチャレンジで、かなり道が長い。できた記事を活用していく方が当面はメインで進んでいく。IBMは企業・ビジネスユースでの活用を中心とし、全てのデータを集めようとはしていない。医療分野も今はがん関係の文献などいくつかにフォーカスして集めている」などと答えました。

 講演・質疑の後は、26号館15階のレストラン「森の風」に場所を移して懇親会を開催。元木さんを囲んで議論が続きました。

■元木氏の略歴
1986年 日本アイ・ビー・エム入社 大和研究所に配属
1996年 米国アイ・ビー・エム本社 戦略企画部門へ出向
2004年 大和研究所 事業企画担当
2009年 アライアンス事業OEM&EmbeddedSystems担当理事
2014年~ Watsonソリューション担当理事(現職)