前田さん

朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長の前田安正さん

 「メディアの将来像を考える会」は2018年6月12日午後7時から、早稲田大学26号館1102教室で第87回例会を開き、朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長の前田安正さんをゲストスピーカーに迎え、「ネット時代のリテラシー 第三者を意識したコミュニケーション」と題して講演いただきました。

 さんはまず私たちがどうやって言葉を習得したのかに触れ「見る、聞く、話す」は教わらなくてもできるが、「読む、書く」はある程度学習しないとできないという違いがあると指摘。言語の習得には(1)見る・聞く(語彙の蓄積) (2)話す(感情の放出) (3)読む(想像力の醸成、論理・感情の表現) (4)書く(創造力への飛躍)——の4段階があるとの仮説を提示しました。

 次に、言葉はその意味するところを示し定義していくが、定義から外れる部分に気を付けるべきことがあるのではないかと注意喚起女性を「子供を産む器官と生理を持つ者の性」と定義すると、体は男でも心は女の人は女性専用車両には乗れなくなり、鳥を「空を飛ぶ動物」と定義すればペンギンやダチョウは鳥ではなくなるなどの例を挙げ、定義の決め方でその言葉の持つ意味が違ってくると述べました。

前田さん

人がどうやって言葉を習得したかということから講演を始めた前田安正さん

 また、東日本大震災に関連して「福島」を「フクシマ」とカタカナ表記にする人がいるが、それは「おかしい」と指摘。被爆した「広島」「長崎」もカタカナ表記にすることがあるが、福島と同じよう災害に見舞われた「阪神」や「熊本」をカタカナ表記にはしないとして、「カタカナは抽象化することにもなる。抽象化されることで何が問題なのかがあいまいになることもある。この辺は考えておかないといけない。福島の場合、地震、津波、原発事故それぞれの責任の所在などが薄れてしまうのではないか」と懸念を示しました。

 続いて、「姑息」の「姑」は「ひとまず」、「息」は「休息」の意味で、二つ合わせると元は「一時しのぎの手段」という意味だったことなど紹介して言葉の意味が変わっていって「記号化」しているとの見方を示し、「辞書には載っていない言葉の感覚をすくい取りたい」と意欲をにじまました。

前田さん 前田さんは「庭のアレ片づけた?」「ああ、アレさっき片づけた」などの夫婦の会話や、「三つ星レストランなう、最高」「この前言ってたところ?いいなあ」というSNSの会話のように、第三者にはチンプンカンプンの「閉じられたコミュニケーション」の例を示し「開かれたコミュニケーション」として第三者に分かりやすく伝えるための文・文章はどうあるべきか、と問題提起しました。

 そのためには、改めて5W1Hを考えるてみる必要があるとして、「きのう、僕は動物園でライオンを見ました」という4W1D(いつ=WHEN、どこで=WHERE、誰が=WHO、何を=WHAT、どうした=DO/DIDの文章を材料に、「WHYを使ってみよう」と提案。なぜ動物園に行ったのか、「学校の遠足で行った」「ジャングル大帝のレオが好きだったので、ライオンを見るために行った」。なぜ、レオが好きなのか、「5歳の誕生日に父から白いライオン(の縫いぐるみ)をプレゼントされたから」。その上で「WHYを使っていくと、何となくまとまった文章になっていく」と、WHYの効用を強調しました。

前田さんの会場 前田さんは「状況―行動―変化―状況…」という循環の中で、「たいていの文章『状況』しかかれていないので、人間の動きがうまれない。だから平板な文章になる」と述べ、WHYを問い掛けて、人の「行動」や意識の「変化」を書く方法が有効だと提唱しました

 また、過去からの積み上げではなく、まず将来こうなりたいという目標(ストーリー)を立てて、そこから過去の経験(ヒストリー)につなげていくことが必要と指摘。エントリーシート(ES作成の際なども、「したい」ではなく「する」に行動を変えると、何を具体的にすべき課題なのかがストーリーの中で描ける、語りました。

 最後に「文章をテクニックで書いても意味がない。自らへの問いかけ、WHYが必要だ。そうすれば飛躍が出てくるのではないか」と締めくくりました。

 講演後の質疑応答では、「文章が書けない今の学生アドバイス伺いたい今の若い人をどういう形で教育していったらよいか」「第三者を意識したコミュニケーションの極意は?など活発な質問が出されました。

 これに対し前田さんは昔は『本を読め』と言われた。自分と違う経験、考え方があり、自分を見詰め直すことができる。新聞を読む教育をしていかないと、これから難しい。読む量と文章の質は相関関係にあるネットでウィキペディアを見てコピーしてり付けるのをやめさせて、専門家に話を聞いてこいと言えばよい。すると、まず質問の内容を考えねばならない。事前に自分の頭で考えて整理して聞きにいくのがいい」「自分で書いた文章を必ず誰かに見てもらう。または、日にちを空けてもう一度読み返す。今使っている言葉が閉じられたコミュニティーの中(だけ)で通用する内向きの言葉なのかどうか、一度考える必要がある。これで読んだ人は分かるかな、と時々考えて書かないといけないなどと答えました。

■前田氏の略歴

前田さん 1955年、福岡生まれ。早稲田大学卒業、朝日新聞社入社。用語幹事、東京・大阪校閲センター長などを歴任。朝日新聞水曜夕刊にコラム「ことばのたまゆら」を連載。「文章の書き方」「校閲の仕方」など企業広報研修などにも出講。主な著書に『漢字んな話』(三省堂)、『きっちり!恥ずかしくない!文章が書ける』(すばる舎)、『マジ文章書けないんだけど』(大和書房)など多数。