(5)【質疑・応答】個人への最適化か、森羅万象を伝えるべきか

■それでもニュースは人を引き付ける■

【質問者】
 個人に最適化されたサービスで、ユーザーから金をいただくのは難しくても、そのサービスを提供して儲ける人から金を取るのはどうか。

柴:
 基本的には、ユーザーは記者が足で稼いだ情報・コンテンツに価値があるから金を支払うのではなく、環境に対して払っているのではないかと思っています。ただ、最適化された情報をパーソナライズして届けるサービスがあれば、その環境を提供する側は、価値のある情報の提供者にその対価を支払うべきとなればいいのにと思います。理想像ですが。

【質問者】
 元新聞記者で今はプラットフォーム側にいる。最も読まれるニュースは、結局ストレートニュースやゴシップだとプラットフォームに行って実感した。それらが今後テクノロジーで作られるとしたら、メディア企業のマネタイズポイントは弱くなる懸念を感じるが。

久保田:
 一つ捕捉すると、ギフティングモデルの売上は、実はフォロワー数とは関係ありません。本当に価値のあるナレッジやウィズダムにまで引き上げられたニュースに感動し、お金を払ってもいいと思うギフターの金持ちがいれば、成り立つのではないかと思います。

【質問者】
 一方でプラットフォームの側に来て、「ニュースはこんなにも人を引きつける価値あるものだったのか」と、逆に新聞社時代より実感している。そこは一つの希望だ。

■ブロックチェーンが可能にする小さな権利処理■

柴:
 一つお話をしたいのが、ブロックチェーン技術です。Spotifyでは1曲0.4円から0.6円の収益を、作曲家や作詞家、サックスやギターのここは誰が弾いたとか、少額の金を権利者20人で分ける場面が出ます。従来の技術では煩雑すぎて不可能でしたが、この小さな権利処理をブロックチェーンでやる動きが始まっています。音楽業界でこれから起こるのは、おそらくフリーランス化です。フリーのミュージシャン、アレンジャー、作曲家らをチームとして束ねるマネジメントがあり、細かく権利が分配される未来です。細かい仕事、足で稼ぐ仕事も、ブロックチェーン以降はもう少しちゃんと価値が認められるのではないかという希望があります。

久保田:
 出版でも印税配分という意味では、全く同じ。右肩上がりの垂直統合の時代は、既に終わっています。水平分離される時代に入り、能力の高いスター編集者が集まって会社を作る動きはすでにあり、強まっていくと思います。

柴:
 「この曲には価値がある、だからお金を払ってくれ」と言って、音楽業界は負け続けてきました。そのかわり、「より遅延が少ないですよ」「よりレコメンド精度が高いですよ」と、より便利な環境を提供することで、ユーザーはお金を支払い始めてきました。ニュースでお金をもらえるのは、僕の肌感覚では、自分に最適化されたニュースが、最適化された時間に届くサービス。スマートスピーカーで毎朝「Alexa、今日のニュースは?」と聞くと、NHKニュースなどをしゃべってくれます。しかし時々、「鹿児島のどこかで殺人があった」と言われると、「これは僕の生活に何の関係があるんだろう」と思います。それより、自分の今の状況に最適化されたニュースが流れて欲しい。音楽では各社は既に、状況に最適化された音楽が流れる環境作りにしのぎを削っています。スマートスピーカーから自分に無関係なニュースが流れると、音楽とのユーザビリティの差を感じてしまいます。

米重:
 地域別にお薦めニュースを出すのは、技術的には簡単です。ただ、そういうコンテンツは、1社ではそう多く提供できないかも知れません。

■パーソナライズか、みんなが読むニュースか■

【質問者】
 ニュースが最適化されて届くことを新聞社の幹部が聞いたら、「それは新聞じゃない」と言うと思う。新聞とは何かと考えた時、紙の新聞150年に象徴されるのは、森羅万象が載り、それにあなたが関心あろうがなかろうが、毎日全国に届けることが国全体の文明や社会に貢献する——ということ。Alexaが毎日その人向けのニュースを伝えたら、世論の形成などにおいてこの国はどうなるか。紙の新聞には「セレンディピティ」と呼ばれる、思いがけない価値あるものに偶然出会う環境や体験がある。今や紙のメディアしか持たないそういう特徴が、マネタイズされる可能性はあると思うか。

米重:

会場からの質問に答える米重克洋さん

会場からの質問に答える米重克洋さん

 もしスマホ上でセレンディピティが起こるとすれば、滞在時間が最大化されることで起きるはずです。広告接触が増え、課金の転換点も増えて、収益性が高まる可能性もあります。実際、個人に完全に最適化されたニュースより、社会的に最大公約数的な、知っておかなければいけない森羅万象をまず持ってきて、その後にパーソナルな記事を並べる方が、滞在時間は延びるとの研究もあります。ニュースアプリは案外パーソナライズされておらず、セレンディピティも意識して運営されています。

柴:
 話すべきことには、二つの軸があります。一つは紙かデジタルか。音楽の事例で言うと、実はレコードの売り上げは今すごく伸びています。懐古的な流行ではなく、Spotifyなどストリーミングが普及したことで、逆にフィジカルなものを所有することの価値が高まっているということ、そしてレコードストアデーなどのイベントのおかげもあって、市場が大きく伸びました。
 もう一つは全体か最適化か。紙には可能性があります。一覧性があり、コミュニティ形成能力も持つ。ただ新聞においては、「あなたがどうだろうが、世の中の大事なことはこれである」と、部数と一覧性で示してきた力が、残念ながらこの10年で失われ、かわって個人への最適化が進んでいます。端的に言うと、世論形成力がマスメディアからソーシャルメディアに移っている。そのことによってこの国が、というよりアメリカやヨーロッパも含めた世界全体がどうなるかの危惧には全く同感ですが、それは現在はまだ解決されていない課題だと思います。

久保田:
 紙メディアの強みは、広告ならブランド広告や感情に訴える力です。ファッション誌はすごくいい紙でブランドも喜びます。液晶画面に出せない版面の大きさなど、紙ならではの強みの方向に行くべきではないか。購入する意味での紙メディアの良さは、レコードを買うフィジカルの心地良さ。新聞の紙の質には何か問題があるのかも知れません。結局ニュースは社会のこと、皆が知っていることを知るための存在です。一部はパーソナライズされ、一方で皆が知ることを知りたいという逆説的なところに、ニュースの本質がある気がします。

松井:
 本日は長時間ありがとうございました。

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