(3)情報とコンテンツ、異なる価値・読まれ方

■ジャーナリズムは自動化できない■

シンポ4人2久保田:
 松井さんにお聞きしたいのですが、ニュース記事の作品性や著作権の概念はいかがですか。今は例えば、朝日新聞のスクープがすぐに追いかけられて、同じ価値になっている気がします。

松井:
 スクープは世に出た瞬間にスクープではなくなるという、ややつらいコンテンツであるかも知れません。

久保田:
 課金モデルにした時、音楽なら1曲1曲違いますが、肉じゃがのレシピが100個あるサブスクリプションは、あまりいらないんじゃないかという気がします(笑)。

米重:
 情報とコンテンツの分類が効いてくるのでしょう。情報の段階では、同じネタを新聞5社が書いたら、5社とも事実関係は大筋同じです。政治家の発言を伝える記事を5社読み比べて、「この新聞はこう書いているので、この政治家と近い」と分かることは確かにありますが。

久保田:
 そんな風に読む人は少ないですよ(笑)。

米重:
 そう、極めて少ないので、そこにコストをかけるのは非現実的です。通信社の役割は歴史的にも、報道コストの頭割りをする互助組織です。例えば記者会見の書き起こしは、各社が同じようなことを何十人もの記者がタイピングしていますが、「これは共同通信に任せられないのか」といった議論は出ると思います。その分スクープやアジェンダ設定、調査報道などに集中投資する方が大切ではないかと。

久保田:
 JX通信社の素晴らしい売り込みを拝見させていただきました(笑)。情報はある程度機械に任せ、その上のナレッジや論評など、付加価値の高いものにフォーカスせよと。本当にそうだと思います。

松井:
 特ダネにもいくつか種類があり、紙を取ってタイミングを競うものもあれば、ある記者が書かなければ永久に明らかにならないものもある。それは難しいことでもありますが、中身で勝負できれば、アグリゲーションの中でも価値を持つ商品ができると思います。

柴:
 「データや情報は自動化できても、ジャーナリズムは自動化できない」と思う自分がいます。事実をどう解釈し、並べ替え、受け手にとって価値ある情報に仕立て上げるかは、今のところ人間じゃないとできないと思います。

■投げ銭ジャーナリズムで記者は食えるか?■

松井:
 音楽産業はV字回復と同時に、アーティストが食えるようになった点が素晴らしい。ニュースでは社員ジャーナリストが多いですが、組織ジャーナリズムと個人は、ネットの時代に違う側面を持つとの話でした。個人でトンガっている記者は、デジタル時代に投げ銭ジャーナリズムで食っていける感じはありますか。

柴:
柴 ポジティブな話とネガティブな話があります。久保田さんの言う価値の二極化です。ギフティングモデルについて、僕は『ヒットの崩壊』という本で「ロングテールとモンスターヘッド」という言葉で説明しました。音楽業界ではTuneCoreなどにより、メジャーデビュー未満のアーティストも曲を登録できる。その結果、底辺ユーチューバーのような再生回数10回、20回のような曲が山ほどある一方、ジャスティン・ビーバーのような数十億回再生レベルの一握りのスーパースターも存在します。再生回数をアーティストで並べると、彼のようなスーパースターが多くの再生回数を稼ぎ、残りがロングテール(長い尾)になります。ジャーナリズムでも同じことが起きるでしょう。スタージャーナリストはパトロンをつかみ、全体のパイが増えて食っていける人も増えますが、底辺は際限なく伸びるのでは。

米重:
 既に堀江貴文さんや山本一郎さんらは、メールマガジンの客を多数持っていますね

久保田:
 ニュースこそ、金持ちからお金をいただけるのではないか。社会にとって有益なことに対し、ビル・ゲイツが1兆円くれればいいんじゃないかと。

松井:
 米ワシントン・ポストをアマゾンのジェフ・ベゾス氏が買収した時は、ポケットマネーでお金を出しました。篤志家モデルはあるかも知れませんが、なかなか日本では考えにくい気がします。

米重:
 そもそもビジネスモデルと言えるのか。ビジネスモデルには再現性が必要なので。

■記者も自分で情報発信するインフルエンサーに■

久保田:
 ライブ配信する人が変わっても成り立つので、ギフティングモデルには再現性があります。ただ、新聞社に対してギフティングさせるのは、かなり難しい。僕もこれまで2万円ぐらいギフティングし、1日1万円使ったこともあるのでわかりますが、投げ銭した5秒後ぐらいには、「ありがとうございます、○○さん!」と返ってきます。これはAKBと同じで、お金を払う相手が喜んでくれる「感情モデル」です。記者がすぐフィードバックしてくれて、「自分が役に立っている」と高速で感じられれば、再現性も出るのではないでしょうか。一方の篤志家モデルは、新聞社に対してお金を出すことを「ギフティング」とは呼べない気がします。

松井:
むしろ、ジャーナリスト個人へのギフティングのイメージですね。

久保田:
 感情と理性に分けて話すのは、なぜインフルエンサーの時代なのかを考えるためです。例えば朝の情報番組を見る時、アナウンサーは覚えていても、番組名を知らないことがよくあります。日本テレビの水卜(みうら)麻美アナが番組を変えたら、視聴率ごと持って行った例もあります。人が感情を抱く対象は人であることが多い。YouTubeも番組よりユーチューバーです。SNS以降ネットがそうなった状況からも、ジャーナリストは自分で情報を発信し、ファンを抱え、インフルエンサーに近い形にならざるを得ないのではないでしょうか。

(4)ニュースメディアの未来図